Mr. TSUSAKA SPECIAL INTERVIEW

「遊びは、楽しくなくなったらダメ。至高のレジャーとしてのミニカー道。」

20年以上の歳月をかけ、独自のコレクションを築いた日本屈指のホットウィール・コレクターの津坂氏。1970年代の「赤箱」や「レッドライン」を中核に据えつつ、一台のモデルが世に出るまでの背景にある「筋書き」に強く惹かれ、希少なピースを掌中に収める。
網羅的な収集とは一線を画し、金型の美しさと独自の直感が命ずる「ヤバい」個体を見出すスタイルが真骨頂。多忙な日々の中、ミニカーを自分のペースで人生を豊かにする「至高の遊び」と位置づけ、その飽くなき探究心は今もって留まることを知らない。

手のひらの中の世界遺産

Hot Wheelsという小さなミニカーの世界には、深い物語と哲学が詰まっている。その世界の奥深さを誰よりも知る男、津坂氏。彼は、20年以上の歳月をかけて、独自のコレクションを築き上げてきた。
ただ集めるだけでなく、その一つひとつのモデルに宿る歴史、そしてそこに存在する「本物の価値」を追求する彼のコレクションは、まさに“手のひらの中の世界遺産”と言えるだろう。
今回は、コレクターとして、そして一人の人間として、Hot Wheelsに魅せられた理由と、その哲学についてじっくりと伺った。

憧れのミニカーと「自分のペース」

最初は日本だとトミカから入ったけど、このサイズのミニカー(ホットウィール)に引き付けられましたね。6つぐらい年上のいとこが持ってたホットウィールが、トミカとは全然違う、キャンディーカラーなんかでね。それが、もう憧れですよ。小学校の高学年でお小遣いを貯めて、名古屋の祭典でその憧れのベンツなんかを手に入れたのが始まり。

本格的にコレクションに戻ってきたのは、2000年ちょっと手前ぐらい。社会人になって、自分の実生活が落ち着いた頃です。仕事が忙しかったから、余計に思ったんでしょうね。ミニカーって、旅行とかじゃなくて、時間とか制限されることなく、自分のペースでやれる趣味じゃないですか。だから、改めてホットウィールに的を絞って、自分の時間を豊かにするためにやり始めたんですよ。今は無き都内下町にあったHW専門店”M"を訪ねたのは、関東に行かないと自分の望むものが手に入らないと思ったから。もう25年くらい前の話ですよ。

 コレクションへのこだわり

僕のコレクションの方向性は、古いのでいくと1974年ぐらいの日本の*赤箱シリーズ、*レッドラインのものが核なんです。この年式のやつが今でも一番追っちゃいますね。

でも、全部集めるのはつまらない。遊びだからね。見る人が見たら「ヤバいところだけをつまんでるね」って言われる、その「ヤバいところのもっとヤバいバージョン」を狙うんです。

ホットウィールって、金型(かながた)は最高なんだけど、大量生産される商品だと、なんか「もうちょっとやればかっこよく見えるのに」って思うことがある。それが後からうまく出てくると人気になる。僕が好きなのは、ポテンシャルが高いような状態で出てくるもの。色とか変えたら相当かっこいいのに、またこの組み合わせダサいなっていうのもあるけど、そこは自分でチェックして、いずれ買う兼ね合いを考える。色をどんだけ変えてきても、金型が気に入らないと自分とは縁がないなって思うんです。

*赤箱シリーズ
1970年代にマテル社から日本国内で流通していた時期のミニカーの通称。「マテルのミニカ」と記載された赤い紙箱に包まれ、レッドラインモデルが数多くリリースされた。

*レッドライン
主に1968年から1977年頃までに製造されたオリジナルシリーズのミニカー。ホイールの側面の赤いラインが特徴で、この「赤い線」が「レッドライン」の名の由来となっている。

プロトタイプ

製品よりも、製品化に至るプロセス、つまりプロト(*プロトタイプ)に興味が出ちゃうタイプなんですよ。今はやっぱりプロトとか買っちゃうんだと思う。インダストリアルっぽいじゃないですか。

何回か順番を経て、「これボツ」とか、「カラーリングどうするの?」って決まっていくのがイメージできる。知らないからこそ、夢があるんです。

プロトって、偽物かどうかというリスクも含めて遊びで楽しむもの。海外で作ってる流れで不思議なプロトとかも出てくるけど、組み合わせが自分のぴったりのものであれば、自分にとっては価値のあるものになる。気に入ってるからっていうだけで十分。反対に、正規のプロトでも、自分が気に入らない組み合わせだったら「ノーです」って言いますよ。

*プロトタイプ
デザイナーがコンピューター上でモデルを作成した後、かつてはレジンやクレイ、近年では3Dプリンターで出力された後、数段階の工程を経て作成される試供品。最終的なダイキャスト(金属)モデルとは異なる色、タンポが入っていない等の特徴も持ち、細部の確認や修正に使われる。
開発プロセスの一環としてごく少数しか製造されないため、現存数が極端に少なく、そのモデルが生まれるまでの「過程」を知ることができる究極のコレクターズアイテム。

メキシコ版Hot wheels

僕の持ってるものの中で、値段に関係なく一台に絞れって言われたら、これですね。
このメキシコ版*Good ‘OI Pick-Um-Up の他車には無い渋いカラーのやつ。プレミア的に上はあっても、お気に入りは何ですかって言われたらこれですね。通常の赤とかと違って、あえてメタリックでくすんだような変な色なんです。この微妙なのがまたいいんですよ。すべてにおいて良いかなと。

結局、僕らコレクターは全体に対しての値段で集めているわけですから、氷山の一角で光るものが何かという質問だと思うんです。この車は、そういう結論に至るまでに水面下に沈んでても光るんですよ。

*Good ‘OI Pick-Um-Up
1956年型フォードF-100をベースに、1977年に登場したホットウィールの名作キャスト。荷台に固定された2台のモトクロスバイクが最大の特徴。メキシコ版では、本家アメリカ版にはない独自のカラーリングや、下地が透ける独特の塗装が施された個体が存在し、世界中のコレクターから熱烈な視線を浴びている。

「飽きさせない企画力」と「孤独な対話」

ホットウィールの魅力は、やっぱりアメ車がメインだっていうこと。トミカが日本車得意なメーカーなら、ホットウィールはアメ車がメイン。極度にリアルなミニカーとは違って、面白みがあって、飽きない。

あと、個人的にはメーカーの売り方が上手だと思いますね。子供にも大人にも上手に発信している。他社は売りたいんだろうけど、売れるような企画が上手に出せないんじゃないかな。

でも、集めていると孤独っていうか、相談じゃないけど、振ってみたくなるんですよ。自分が集めてるものについて「これどう思う?」ってね。自分がおかしいのかなと思ったりしますんで。その返事とかで、「ああ、やっぱりな」ってなるのが面白いところ。聞ける人がいるのが面白いんですよね。

コレクターとしての哲学

コレクションは仕事とかじゃなくて、ただの遊びです。でも、遊びイコール面白くないといけない、楽しんでないといけないんですよ。楽しくなくなっちゃったら、もうもうダメ。なんでやってんのって話じゃないですか。

僕のこの熱量とか信念みたいなものは、「楽しむこと」を追求した自然な積み重ねなんです。

何もないと、「もう働かなくてもいいや」とか、「使うものないし」とかってなるけど、これがあるから、この世で生きてることが嬉しくなるわけですよ。人間って、何か好きなことをしたいっていうことに対しては素直に、命が尽きるまで楽しんでいった方がいいと僕は思ってるんで。

途中でやめちゃってもいいんですよ。それもそれダメなことじゃない。様子を見ていれば、「またやってみよう」って思えるのは、楽しかったからそう思えるんです。文句言いながらも続けてる人は、それもひっくるめてその人のレジャーなんだと。そういうものですよ。

 

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